2015年10月25日

全般性不安障害、社交不安障害だった僕の克服体験記2 心理療法体験記録


現在、全般性不安障害、社交不安障害、極度の心配症から解放された僕ですが、
治るまでには色々な心理療法を経験してきました
最後の心理療法となってくれたのが岩波氏のプログラムだったけれど、
結果的にはもっと早く受けていればよかったと思います
まあ、予約をとってもらえて受けることができただけでも、
幸いと考えなければいけないけど・・・


いつの間にかなってしまった神経症を解決するために、僕はどれだけお金と労力を
費やしてしまったんだろう・・・・
自力で不安障害や極度の心配症を解決しようとしても、
不可能だと悟った僕は、専門家に助けを求めました
必死でした、本当に!!


でも、人間不信が強いくせに、ころっと人を信じて騙されてしまう・・・・
心理療法の中には詐欺まがいのものもあり、幼稚なレベルなものもあり、痛い目にあいました
人が嫌いで不安の対象でしかないのに、無意識では信じたかったのかもしれない・・・・
孤独でもいいやと思っていたのに、孤独が嫌でたまらなかったからかもしれない・・・・
あるいは、不安障害を治したいから、何にでもすがりたかったのかも


これは僕の無意識の病みがなせる技だったかも
無意識は本当にやっかいでわけがわからない!
向精神薬を飲んで生きることにものすごく抵抗感があった僕は、
全般性不安障害、社交不安障害、極度の心配症を治すために心理療法しかないとおもってました


心理療法・精神療法にも色んな種類があって、中には怪しいのもあるし、
まがい物もあるし、詐欺そのものもあった
だから、いらぬ出費をしてしまったし、時間を多く費やしてしまったんですが、
向精神薬を依存してまで飲み続けていなくて本当に良かった


僕は不安障害や心配症を根っこから治したかった
向精神薬を飲んでも、不安や心配をボヤけさせることができますが、
根っこを治してくれない
根っこがあるってことは、ずっと不安と心配症を消すために薬に依存してしまうことはわかっていました
そんな人生は僕には耐えられませんでした
薬恐怖症というのもあったんですが・・・・


僕の極度の心配症が向精神薬にも適用されてしまったのかも
まず最初に飲んだ向精神薬の副作用のひどさで怖くなってしまったこと、
向精神薬の副作用と離脱症状のやばさをネットで知ってしまって、
不安でたまらなくなってしまったことが原因です
向精神薬できちんと働いている人もいるので、全て否定しているわけじゃないです・・・・


ともかく僕は心理療法、精神療法をやりまくろうと思いました
もちろん書籍もたくさん読みました
図書館に行ったり、大手書店に行ったり・・・・
とにかく何かしないでは不安でたまらないし、
何かしている時だけは将来の不安をあまり感じなくて済むと思ったからです
今となっては、延命治療にすぎなかったんですが・・・
やらないよりはマシでしたね


これといった決定打はなかったし、大きな効果を実感したことはなかったけれど、
なにかやることで就職ができたのも事実
もしやっていなかったならば、ずっとフリーターを続けていたか、ニートだったでしょう・・・・
非生産的な生きていてもただのクソの垂れ流しという自分に、僕は耐えられていたでしょうか
消えてなくなる選択をしていたかもしれないし、それも不安で勇気がないから、
ダラダラと生きていたかもしれません
今となってはどうなっていたかわかりませんが、未来がなかったことだけは確か・・・・


生きるのも不安、死ぬのも不安、じゃあどっちつかずで苦しみ続けるのが僕の人生でした
なんて生きにくい人間になってしまったんだろう・・・・
いいことなんか経験しないで、苦しいことだけ味わって生きるだけ
最悪です、そんな境遇がほんとうに嫌でした!


みんな苦しんでいるならまだ我慢できる
でも、楽しめている人がいることが信じられなかったし、許せなかった!
許せないのは、その人達のことだけじゃなく、もっと許せないのは僕自身でした
結局、自己否定、自己嫌悪になっちゃうわけで、すべて人のせいにできたらどんなに楽だっただろう・・・・


僕は幸せになっちゃいけないし、幸せになれない星のものとで生まれたんだな
そこで諦めきれたら逆に楽だったかもしれない・・・
だけど、やっぱりそんな呪われた人生は嫌だった
人並みに生きたかった、人並みの幸せを手に入れたかった


それをすべて妨げているのが、自分自身でした
よくよく考えても、自分が自分の足引っ張りをしていました
どうにもできない自分へのムカつき、腹立たしさがあったけど、
もしかしたら、自分をどうにか出来たらどうにかなるかもしれないという希望はありました


そうなると心理療法の何かが僕の神経症を治してくれるかもしれない
そこで僕はかたっぱしから心理療法を調べ始めた



僕が経験した心理療法の種類です
カウンセリング、精神分析、森田療法、催眠療法、前世療法、認知行動療法、内観療法です
一部重なる療法もあったけれど、これだけの種類をやってきました
その中にカルト新興宗教に繋がるものがありました・・・・


とにかくこれらをやりまくることで、僕は未来の不安を払拭しようとだけしていたと思います
効果が少なく、どれも根っこを癒やしてくれるものではなく、でもやらざるをえなかった・・・
心理療法の料金は働いたお金を費やしたのと、学生時代は親からの仕送りを費やしてました


親からお金をもらっても、こんな生きにくい神経症むき出しの自分にしたのはあんたらだ!
という思いがあったから、何の良心の呵責も自己嫌悪感も起きなかったです
でも、親だけがすべての原因でもなかったことは確かで、親から慰められても解決できないことはわかってました


治さないといけないのは、僕自身の心だったから・・・・
心理療法をたくさん受けて学べたことはたくさんあった
それは、無意識のこと、無意識はこれら心理療法を持ってしても、解決が難しい分野だということ
そして、受ける度に神経症解決の理論を身につけることが出来たこと
理論で治るわけじゃないけれど、理論の知識がないほうがもっと怖い


そこで岩波氏の名前を知ることになる(っていうか以前から知っていた・・・)
僕が今まで受けた心理療法と比べて、料金設定が非良心的だったが、
氏の能力はすごくて、無意識から神経症解決ができる評判が非常に高かった
たくさん心理療法をやってきた僕は、心が動かされるものがあったが、
このブログの最初のほうで書いたように、色々受けるまでに紆余曲折があった
多くの心理療法の失敗を重ねてきただけに・・・・


それでも「もうここでダメなら、他でも絶対にダメだ!」という覚悟を決めて受けることになった
それで極度の心配症、全般性不安障害、社交不安障害すべてが見違えるぐらい良くなった
なんていうか、不安が勝手に起きなくなった


余裕を心に感じられる
心配事があっても「まあ、いっか、ほっておこう」と思える
不安なことにぶつかっても「どうでもいいや」と思える
嫌なことがあっても、会社でピンチな場面があっても、
そこからプラスの部分だけを拾える能力が身についた


社交不安障害だったから、人と接する度に不安を感じ、相手に不安を感じさせていたけど、
今は人間関係で悩まくなった
マイペースで貫けるようになり、そんな僕に周りの人は好感を持ってくれたのか、
それまでと違って良くしてくれる


それに味をしめて、人間関係のストレスが減っていって、
人に対する時、不信感から入らなくなった
だから、コミュニケーションも取りやすくなったし、僕にとって大きなことは、
人と話すことが楽しめるようになった
恋人も調子がいい時は、別れてもすぐに見つけることができる
昔だったら、振られたら10年以上も悩んでいただろうし、自己否定と人間不信が増していただけだったと思う
でも、都合よく解釈できる能力が身につき、すぐ割り切れるようになった


動く度に自信が身につくことができるメンタル面をもつ自分になれたかな
もしかしたら、自信をなくさせる出来事に直面しているのかもしれないけれど、
都合よくいい部分しか見えなくなっているのかもしれない
昔は、都合の悪いところしか見えないし、それを拡大解釈して、自滅してた・・・・


ここまで変われたのも、岩波英知氏のトランス誘導とプラス暗示の力もあるだろうし、
へこたれなくなった僕の成長もあると思う
成長すると、岩波氏の言っていることがより深く理解できるようになった
理解できると、行動にフィードバックできて、もっと成長できる


ずっと上り調子だったわけじゃなく、波がありながら、上向きになっっていた感じ
不安と心配に支配されていた僕の心(無意識)は徐々に無くなっていったけれど、
ずっと要らぬことばかりに心を砕いてきた時間がもったいなく感じた
なんて無駄なことをやってきたんだろう・・・・
だけど、無駄なことをせざるを得なかった心をもっていたんだな・・・・


それが僕の無意識の正体だった
本当に僕は悩み苦しんでいた時は、狭い考え方しかできていなくて、
勝手に不安を増強させていただけだった

2015年10月24日

全般性不安障害、社交不安障害だった僕の克服体験記 過去のルーツ

僕は全般性不安障害、社交不安障害、極度の心配症で苦しんできました
岩波英知氏の心理セラピーを受けることで、それらを解決でき、
人生で初めて「自由な心」を満喫しています


すごく不安ばっかり感じて生きていた自分が、
「どうでもいいや〜」という心境になれたことで、いま楽に生きられるようになりました
心配症で得したことなんてなかったし、岩波氏のプログラムも、
心配症のあまりに受けていなかったら、今の僕はありません


会社を転職しまくって、派遣社員やフリーターを4,50代になってもやっていたかもしれないし、
中年ニートになっていたかもしれない・・・・
世の中に絶望して消えてなくなっていたかもしれないし、
どちらにしても生きていて良かった思いはなかったでしょう


全般性不安障害、社交不安障害が治る未来に至ったことは本当に良かったです
だけど、神経症になるからにはなるだけの理由があります
それは克服の上で避けて通れないことで、岩波氏のセラピーでも、
過去のことをトランス状態で考えることで、心を楽にしていきます


だから、このブログで僕の神経症のルーツを書いていきたいと思います
多くの岩波氏心理セラピーの体験者が、過去のルーツをブログで載せているのも、
プログラムでやっていくからです



僕は物心がついた頃から、常に不安に敏感で、いつも怯えて生きていました
いつもビクビクしていて、被害意識も強く、人の心を許すことができませんでした
人見知りも激しくて、相手が心を許してくれたはじめて、僕も心を開いていくようなタイプで、
友達はなかなかできなかったですね


これは両親の影響がとても大きかった
常にピリピリしている親で、僕は自動的に伝染ってしまったんでしょう
神経をむき出しに生きている感覚は、不安障害を克服するまで続いていました


でも、子供の時代はまだ自意識が芽生えていないから、不安を感じやすい子で済んでました
深く考えこんだりしなかった


それが思春期に突入したら、神経症的な症状が加わってきました
社交不安障害、社会不安障害といったようなもので、対人不安がひどかったです
自意識が僕を苦しめました
自意識って、強まっちゃうとなんて苦しいものなんだろう・・・・
身動きが取れなくなります


自分の内面の意識が向き、その反動で人へ意識が向きます
対人不安、自分の体への不安、将来への不安、今現在の不安、なんでも感じやすくなっていきました
時間とともに収まるわけじゃなくて、もっとひどくなっていった・・・自動的に
神経症に自動的になってしまう街道を僕は歩んでしまっていたんでしょうね


対人不安だけじゃなく、全般性不安障害もひどくなっていきました
人から受ける不安が強いのがメインでしたが、次第に自分の健康への不安、将来への不安、
何かしらないけれど漠然とした不安が、昼夜問わず僕を苦しめた
理由なき不安でした
なんでこんなに不安で心配なんだろうと考えても、全く思い当たらない
不安と心配のためだけに生きていると言って過言ではなかった


そうなると集中力が散漫になり、勉強も部活も手につかなくなり、非常に疲労が溜まりやすくなりました
常に緊張をしていて、心も体も休まる時もなくて、家に戻ったら何をする気力も起きずに、
ダラダラと寝るだけ
明日のことを考えると憂鬱で、学校にも行きたくない


授業も頭に入らず、授業中に当てられても全く準備不足で、教師に注意され、クラスメートからは
失笑されることがよくありました
試験勉強があってもやる気が起きず、慌てて一夜漬けでやるけれど、
成績はパッとしませんでした
親から叱られ、クラスメートからはバカだというレッテルを貼られましたが、
僕自身自分でバカではないと思っていただけにショックでした


こんな自分は本当の自分じゃない、でもなんでこうなったのかわからなかった・・・
進学校だったため、皆勉強している中、僕はすっかり取り残された気がして、
一度仮病をして学校を休みました


そうしたらもう二度と学校に行きたくなくなった
糸がぷつんと切れてしまったんですね
とりあえず不登校になり、ホッとしました
でも、ホッとしたのも束の間のことで、僕は再び言いようのない不安に襲われるようになった


心がいつも穴が空いたように空虚で、何にも楽しめない
この惨状にこのままじゃいけないと思いながらも、行動するエネルギーも出てこない
治しようがなかったし、知識もなかった
何のために生きているのかわからなくなり、いっそのこと死んでしまおうかとよく思っていました


自分では大学は出なければいけないという使命感だけはありました
せっかく進学校に進めたのだし
だけど、肝心の心が全くついてこない
こうなると焦っちゃいます


自分で嫌になるほど不安を感じ、心配ばかりしているその時の僕は、自分がみみっちく思えました
完全に自信を失ってました
そして他人が羨ましく見え、その都度劣等感です・・・
世の中から取り残され、味方となる人もいない
親は僕にとって敵でした、養ってくれるありがたさはあっても・・・・
これでは、不安と心配が増していくのも当然だったと思う


何をしてなくて部屋に篭っていても、心はジリジリと不安でたまらなくなり、
寝ていても何かに急かされたようにガバッと起き上がり、動悸が激しくなり、
居ても立ってもいられない焦りと恐怖に支配されることが良くありました
言い知れない不安と恐怖が勝手に襲ってくるようになりました


そうなると、一度動悸の激しさと違和感を感じたために、
心臓の鼓動が意識を邪魔をしはじめた
常に不協和音を体の中に感じているから、気が狂いそうになります
体の不調がきつくて、いつも倦怠感もあり、ちょっと外出しただけで疲労困憊になる・・・・


どうにもならない自分に苛立ち、先が見えないし閉塞感がすごかった
親子関係も悪く、家にいるだけでストレスだけど、どこにも行くところがない・・・・
生きているだけでストレスだらけ
何をしていないのにきつい・・・・


完全な神経症になっていましたそれに将来のことを考えるのが嫌だった
ずっとひきこもって勉強もしないで仕事もしないで生きていたかった
親は経済的には余裕が無い方ではなかったが、親に頼る事自体僕にとって最悪なことだった
だから、僕には将来はなかったし、考えるだけ辛いから考えないようにしていた


だけど、不安だけはあった
何も考えないようにしても不安が常にある
息苦しい、だるい、つらい、死にたい・・・


人が怖い、世の中が怖い、すべてが怖かった
母親がそんな僕を見かねてメンタルクリニックに無理やり連れて行った
くだされた症状名は、社交不安障害、全般性不安障害だった


はじめて僕の症状が形となって示された
その時僕は、そういう症状だから、毎日苦しいんだと妙に納得した
自分の不安で苦しくてたまらない状態が、症状名としてあることがちょっとうれしかった
ってことは仲間もいるんだと思った
少し安心できた


しかし、そこで出された抗不安薬を飲んだら、体に合わなくて、眠気が凄まじく、
部屋に篭っていた時以上に、ずっと寝ていた
だるい、眠い、何をする気も起きない
不安はぼーっとして感じないけれど、その状態が不安だった・・・・


僕はそんな状態が怖くなったし、親も心配して薬はやめさせた
あまりの無気力ともっと死んだ目になっている僕に異変を感じたらしい
インターネットでも薬の副作用の酷さが書かれてあり、僕は薬には頼らないと決めた
飲んでも睡眠薬までにしておこうと思った
とりあえず、僕は大検の資格を取り、大学受験をした
浪人をし、そこそこの大学には入れた
ちょっと目的意識が芽生えたため、昔のような苦しさが遠のいたこともあったから
学校に行かずに余計なストレスを浴びずに、勉強に専念できたこと
親が受験勉強をしているときは、うるさくなかったため、
それらの条件がそろっていたため、精神的不調の中でも勉強を続けることができた


私立文系の大学は、あまり大学に行かなくてもいいということを聞いていたから、
僕でも精神的にもつと思った
しかし、それは大きな間違いだった
大学3年ごろから、再び精神的に不調になっていった


校舎が変わり、一人暮らしを始めた時からだった
1,2年の時も苦しい状態だったし、生きていていいことなんかなかったけれど、
3,4年は苦しくなった
神経症のルーツを持っている人は、その呪いから影響を受け続けて生きなければならない
逃げ場がなかった
大学卒業後の将来への不安が非常に強くなったから、症状が悪化したのかもしれない


僕はこのままだとやばいと感じ、はじめて自分の足で、神経症を克服しようと
思い立ちました
それはそれで茨の道でしたし、あわや怪しい新興宗教に取り込まれそうにもなったんだけど、
僕はこの全般性不安障害、社交不安障害を治すしか方法はなかった


心理療法をやりながら、何とか就職したものの、根本的に症状が解決しないままだったため、
社会人一年目からまた僕は神経症にひどく苦しめられた
それでも、心理療法で何とか克服しようともがいていった


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