現在、全般性不安障害、社交不安障害、極度の心配症から解放された僕ですが、
治るまでには色々な心理療法を経験してきました
最後の心理療法となってくれたのが岩波氏のプログラムだったけれど、
結果的にはもっと早く受けていればよかったと思います
まあ、予約をとってもらえて受けることができただけでも、
幸いと考えなければいけないけど・・・
いつの間にかなってしまった神経症を解決するために、僕はどれだけお金と労力を
費やしてしまったんだろう・・・・
自力で不安障害や極度の心配症を解決しようとしても、
不可能だと悟った僕は、専門家に助けを求めました
必死でした、本当に!!
でも、人間不信が強いくせに、ころっと人を信じて騙されてしまう・・・・
心理療法の中には詐欺まがいのものもあり、幼稚なレベルなものもあり、痛い目にあいました
人が嫌いで不安の対象でしかないのに、無意識では信じたかったのかもしれない・・・・
孤独でもいいやと思っていたのに、孤独が嫌でたまらなかったからかもしれない・・・・
あるいは、不安障害を治したいから、何にでもすがりたかったのかも
これは僕の無意識の病みがなせる技だったかも
無意識は本当にやっかいでわけがわからない!
向精神薬を飲んで生きることにものすごく抵抗感があった僕は、
全般性不安障害、社交不安障害、極度の心配症を治すために心理療法しかないとおもってました
心理療法・精神療法にも色んな種類があって、中には怪しいのもあるし、
まがい物もあるし、詐欺そのものもあった
だから、いらぬ出費をしてしまったし、時間を多く費やしてしまったんですが、
向精神薬を依存してまで飲み続けていなくて本当に良かった
僕は不安障害や心配症を根っこから治したかった
向精神薬を飲んでも、不安や心配をボヤけさせることができますが、
根っこを治してくれない
根っこがあるってことは、ずっと不安と心配症を消すために薬に依存してしまうことはわかっていました
そんな人生は僕には耐えられませんでした
薬恐怖症というのもあったんですが・・・・
僕の極度の心配症が向精神薬にも適用されてしまったのかも
まず最初に飲んだ向精神薬の副作用のひどさで怖くなってしまったこと、
向精神薬の副作用と離脱症状のやばさをネットで知ってしまって、
不安でたまらなくなってしまったことが原因です
向精神薬できちんと働いている人もいるので、全て否定しているわけじゃないです・・・・
ともかく僕は心理療法、精神療法をやりまくろうと思いました
もちろん書籍もたくさん読みました
図書館に行ったり、大手書店に行ったり・・・・
とにかく何かしないでは不安でたまらないし、
何かしている時だけは将来の不安をあまり感じなくて済むと思ったからです
今となっては、延命治療にすぎなかったんですが・・・
やらないよりはマシでしたね
これといった決定打はなかったし、大きな効果を実感したことはなかったけれど、
なにかやることで就職ができたのも事実
もしやっていなかったならば、ずっとフリーターを続けていたか、ニートだったでしょう・・・・
非生産的な生きていてもただのクソの垂れ流しという自分に、僕は耐えられていたでしょうか
消えてなくなる選択をしていたかもしれないし、それも不安で勇気がないから、
ダラダラと生きていたかもしれません
今となってはどうなっていたかわかりませんが、未来がなかったことだけは確か・・・・
生きるのも不安、死ぬのも不安、じゃあどっちつかずで苦しみ続けるのが僕の人生でした
なんて生きにくい人間になってしまったんだろう・・・・
いいことなんか経験しないで、苦しいことだけ味わって生きるだけ
最悪です、そんな境遇がほんとうに嫌でした!
みんな苦しんでいるならまだ我慢できる
でも、楽しめている人がいることが信じられなかったし、許せなかった!
許せないのは、その人達のことだけじゃなく、もっと許せないのは僕自身でした
結局、自己否定、自己嫌悪になっちゃうわけで、すべて人のせいにできたらどんなに楽だっただろう・・・・
僕は幸せになっちゃいけないし、幸せになれない星のものとで生まれたんだな
そこで諦めきれたら逆に楽だったかもしれない・・・
だけど、やっぱりそんな呪われた人生は嫌だった
人並みに生きたかった、人並みの幸せを手に入れたかった
それをすべて妨げているのが、自分自身でした
よくよく考えても、自分が自分の足引っ張りをしていました
どうにもできない自分へのムカつき、腹立たしさがあったけど、
もしかしたら、自分をどうにか出来たらどうにかなるかもしれないという希望はありました
そうなると心理療法の何かが僕の神経症を治してくれるかもしれない
そこで僕はかたっぱしから心理療法を調べ始めた
僕が経験した心理療法の種類です
カウンセリング、精神分析、森田療法、催眠療法、前世療法、認知行動療法、内観療法です
一部重なる療法もあったけれど、これだけの種類をやってきました
その中にカルト新興宗教に繋がるものがありました・・・・
その中にカルト新興宗教に繋がるものがありました・・・・
とにかくこれらをやりまくることで、僕は未来の不安を払拭しようとだけしていたと思います
効果が少なく、どれも根っこを癒やしてくれるものではなく、でもやらざるをえなかった・・・
心理療法の料金は働いたお金を費やしたのと、学生時代は親からの仕送りを費やしてました
親からお金をもらっても、こんな生きにくい神経症むき出しの自分にしたのはあんたらだ!
という思いがあったから、何の良心の呵責も自己嫌悪感も起きなかったです
でも、親だけがすべての原因でもなかったことは確かで、親から慰められても解決できないことはわかってました
治さないといけないのは、僕自身の心だったから・・・・
心理療法をたくさん受けて学べたことはたくさんあった
それは、無意識のこと、無意識はこれら心理療法を持ってしても、解決が難しい分野だということ
そして、受ける度に神経症解決の理論を身につけることが出来たこと
そして、受ける度に神経症解決の理論を身につけることが出来たこと
理論で治るわけじゃないけれど、理論の知識がないほうがもっと怖い
そこで岩波氏の名前を知ることになる(っていうか以前から知っていた・・・)
僕が今まで受けた心理療法と比べて、料金設定が非良心的だったが、
氏の能力はすごくて、無意識から神経症解決ができる評判が非常に高かった
たくさん心理療法をやってきた僕は、心が動かされるものがあったが、
このブログの最初のほうで書いたように、色々受けるまでに紆余曲折があった
多くの心理療法の失敗を重ねてきただけに・・・・
それでも「もうここでダメなら、他でも絶対にダメだ!」という覚悟を決めて受けることになった
それで極度の心配症、全般性不安障害、社交不安障害すべてが見違えるぐらい良くなった
なんていうか、不安が勝手に起きなくなった
余裕を心に感じられる
心配事があっても「まあ、いっか、ほっておこう」と思える
不安なことにぶつかっても「どうでもいいや」と思える
嫌なことがあっても、会社でピンチな場面があっても、
そこからプラスの部分だけを拾える能力が身についた
社交不安障害だったから、人と接する度に不安を感じ、相手に不安を感じさせていたけど、
今は人間関係で悩まくなった
マイペースで貫けるようになり、そんな僕に周りの人は好感を持ってくれたのか、
それまでと違って良くしてくれる
それに味をしめて、人間関係のストレスが減っていって、
人に対する時、不信感から入らなくなった
だから、コミュニケーションも取りやすくなったし、僕にとって大きなことは、
人と話すことが楽しめるようになった
恋人も調子がいい時は、別れてもすぐに見つけることができる
昔だったら、振られたら10年以上も悩んでいただろうし、自己否定と人間不信が増していただけだったと思う
でも、都合よく解釈できる能力が身につき、すぐ割り切れるようになった
動く度に自信が身につくことができるメンタル面をもつ自分になれたかな
もしかしたら、自信をなくさせる出来事に直面しているのかもしれないけれど、
もしかしたら、自信をなくさせる出来事に直面しているのかもしれないけれど、
都合よくいい部分しか見えなくなっているのかもしれない
昔は、都合の悪いところしか見えないし、それを拡大解釈して、自滅してた・・・・
ここまで変われたのも、岩波英知氏のトランス誘導とプラス暗示の力もあるだろうし、
へこたれなくなった僕の成長もあると思う
成長すると、岩波氏の言っていることがより深く理解できるようになった
理解できると、行動にフィードバックできて、もっと成長できる
ずっと上り調子だったわけじゃなく、波がありながら、上向きになっっていた感じ
不安と心配に支配されていた僕の心(無意識)は徐々に無くなっていったけれど、
ずっと要らぬことばかりに心を砕いてきた時間がもったいなく感じた
なんて無駄なことをやってきたんだろう・・・・
だけど、無駄なことをせざるを得なかった心をもっていたんだな・・・・
それが僕の無意識の正体だった
本当に僕は悩み苦しんでいた時は、狭い考え方しかできていなくて、
勝手に不安を増強させていただけだった

