2015年10月24日

全般性不安障害、社交不安障害だった僕の克服体験記 過去のルーツ

僕は全般性不安障害、社交不安障害、極度の心配症で苦しんできました
岩波英知氏の心理セラピーを受けることで、それらを解決でき、
人生で初めて「自由な心」を満喫しています


すごく不安ばっかり感じて生きていた自分が、
「どうでもいいや〜」という心境になれたことで、いま楽に生きられるようになりました
心配症で得したことなんてなかったし、岩波氏のプログラムも、
心配症のあまりに受けていなかったら、今の僕はありません


会社を転職しまくって、派遣社員やフリーターを4,50代になってもやっていたかもしれないし、
中年ニートになっていたかもしれない・・・・
世の中に絶望して消えてなくなっていたかもしれないし、
どちらにしても生きていて良かった思いはなかったでしょう


全般性不安障害、社交不安障害が治る未来に至ったことは本当に良かったです
だけど、神経症になるからにはなるだけの理由があります
それは克服の上で避けて通れないことで、岩波氏のセラピーでも、
過去のことをトランス状態で考えることで、心を楽にしていきます


だから、このブログで僕の神経症のルーツを書いていきたいと思います
多くの岩波氏心理セラピーの体験者が、過去のルーツをブログで載せているのも、
プログラムでやっていくからです



僕は物心がついた頃から、常に不安に敏感で、いつも怯えて生きていました
いつもビクビクしていて、被害意識も強く、人の心を許すことができませんでした
人見知りも激しくて、相手が心を許してくれたはじめて、僕も心を開いていくようなタイプで、
友達はなかなかできなかったですね


これは両親の影響がとても大きかった
常にピリピリしている親で、僕は自動的に伝染ってしまったんでしょう
神経をむき出しに生きている感覚は、不安障害を克服するまで続いていました


でも、子供の時代はまだ自意識が芽生えていないから、不安を感じやすい子で済んでました
深く考えこんだりしなかった


それが思春期に突入したら、神経症的な症状が加わってきました
社交不安障害、社会不安障害といったようなもので、対人不安がひどかったです
自意識が僕を苦しめました
自意識って、強まっちゃうとなんて苦しいものなんだろう・・・・
身動きが取れなくなります


自分の内面の意識が向き、その反動で人へ意識が向きます
対人不安、自分の体への不安、将来への不安、今現在の不安、なんでも感じやすくなっていきました
時間とともに収まるわけじゃなくて、もっとひどくなっていった・・・自動的に
神経症に自動的になってしまう街道を僕は歩んでしまっていたんでしょうね


対人不安だけじゃなく、全般性不安障害もひどくなっていきました
人から受ける不安が強いのがメインでしたが、次第に自分の健康への不安、将来への不安、
何かしらないけれど漠然とした不安が、昼夜問わず僕を苦しめた
理由なき不安でした
なんでこんなに不安で心配なんだろうと考えても、全く思い当たらない
不安と心配のためだけに生きていると言って過言ではなかった


そうなると集中力が散漫になり、勉強も部活も手につかなくなり、非常に疲労が溜まりやすくなりました
常に緊張をしていて、心も体も休まる時もなくて、家に戻ったら何をする気力も起きずに、
ダラダラと寝るだけ
明日のことを考えると憂鬱で、学校にも行きたくない


授業も頭に入らず、授業中に当てられても全く準備不足で、教師に注意され、クラスメートからは
失笑されることがよくありました
試験勉強があってもやる気が起きず、慌てて一夜漬けでやるけれど、
成績はパッとしませんでした
親から叱られ、クラスメートからはバカだというレッテルを貼られましたが、
僕自身自分でバカではないと思っていただけにショックでした


こんな自分は本当の自分じゃない、でもなんでこうなったのかわからなかった・・・
進学校だったため、皆勉強している中、僕はすっかり取り残された気がして、
一度仮病をして学校を休みました


そうしたらもう二度と学校に行きたくなくなった
糸がぷつんと切れてしまったんですね
とりあえず不登校になり、ホッとしました
でも、ホッとしたのも束の間のことで、僕は再び言いようのない不安に襲われるようになった


心がいつも穴が空いたように空虚で、何にも楽しめない
この惨状にこのままじゃいけないと思いながらも、行動するエネルギーも出てこない
治しようがなかったし、知識もなかった
何のために生きているのかわからなくなり、いっそのこと死んでしまおうかとよく思っていました


自分では大学は出なければいけないという使命感だけはありました
せっかく進学校に進めたのだし
だけど、肝心の心が全くついてこない
こうなると焦っちゃいます


自分で嫌になるほど不安を感じ、心配ばかりしているその時の僕は、自分がみみっちく思えました
完全に自信を失ってました
そして他人が羨ましく見え、その都度劣等感です・・・
世の中から取り残され、味方となる人もいない
親は僕にとって敵でした、養ってくれるありがたさはあっても・・・・
これでは、不安と心配が増していくのも当然だったと思う


何をしてなくて部屋に篭っていても、心はジリジリと不安でたまらなくなり、
寝ていても何かに急かされたようにガバッと起き上がり、動悸が激しくなり、
居ても立ってもいられない焦りと恐怖に支配されることが良くありました
言い知れない不安と恐怖が勝手に襲ってくるようになりました


そうなると、一度動悸の激しさと違和感を感じたために、
心臓の鼓動が意識を邪魔をしはじめた
常に不協和音を体の中に感じているから、気が狂いそうになります
体の不調がきつくて、いつも倦怠感もあり、ちょっと外出しただけで疲労困憊になる・・・・


どうにもならない自分に苛立ち、先が見えないし閉塞感がすごかった
親子関係も悪く、家にいるだけでストレスだけど、どこにも行くところがない・・・・
生きているだけでストレスだらけ
何をしていないのにきつい・・・・


完全な神経症になっていましたそれに将来のことを考えるのが嫌だった
ずっとひきこもって勉強もしないで仕事もしないで生きていたかった
親は経済的には余裕が無い方ではなかったが、親に頼る事自体僕にとって最悪なことだった
だから、僕には将来はなかったし、考えるだけ辛いから考えないようにしていた


だけど、不安だけはあった
何も考えないようにしても不安が常にある
息苦しい、だるい、つらい、死にたい・・・


人が怖い、世の中が怖い、すべてが怖かった
母親がそんな僕を見かねてメンタルクリニックに無理やり連れて行った
くだされた症状名は、社交不安障害、全般性不安障害だった


はじめて僕の症状が形となって示された
その時僕は、そういう症状だから、毎日苦しいんだと妙に納得した
自分の不安で苦しくてたまらない状態が、症状名としてあることがちょっとうれしかった
ってことは仲間もいるんだと思った
少し安心できた


しかし、そこで出された抗不安薬を飲んだら、体に合わなくて、眠気が凄まじく、
部屋に篭っていた時以上に、ずっと寝ていた
だるい、眠い、何をする気も起きない
不安はぼーっとして感じないけれど、その状態が不安だった・・・・


僕はそんな状態が怖くなったし、親も心配して薬はやめさせた
あまりの無気力ともっと死んだ目になっている僕に異変を感じたらしい
インターネットでも薬の副作用の酷さが書かれてあり、僕は薬には頼らないと決めた
飲んでも睡眠薬までにしておこうと思った
とりあえず、僕は大検の資格を取り、大学受験をした
浪人をし、そこそこの大学には入れた
ちょっと目的意識が芽生えたため、昔のような苦しさが遠のいたこともあったから
学校に行かずに余計なストレスを浴びずに、勉強に専念できたこと
親が受験勉強をしているときは、うるさくなかったため、
それらの条件がそろっていたため、精神的不調の中でも勉強を続けることができた


私立文系の大学は、あまり大学に行かなくてもいいということを聞いていたから、
僕でも精神的にもつと思った
しかし、それは大きな間違いだった
大学3年ごろから、再び精神的に不調になっていった


校舎が変わり、一人暮らしを始めた時からだった
1,2年の時も苦しい状態だったし、生きていていいことなんかなかったけれど、
3,4年は苦しくなった
神経症のルーツを持っている人は、その呪いから影響を受け続けて生きなければならない
逃げ場がなかった
大学卒業後の将来への不安が非常に強くなったから、症状が悪化したのかもしれない


僕はこのままだとやばいと感じ、はじめて自分の足で、神経症を克服しようと
思い立ちました
それはそれで茨の道でしたし、あわや怪しい新興宗教に取り込まれそうにもなったんだけど、
僕はこの全般性不安障害、社交不安障害を治すしか方法はなかった


心理療法をやりながら、何とか就職したものの、根本的に症状が解決しないままだったため、
社会人一年目からまた僕は神経症にひどく苦しめられた
それでも、心理療法で何とか克服しようともがいていった


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